高齢出産しまして、この春仕事復帰した介護福祉士で発明家の私が感じたこと

なる☆る♡2回戦目の育児 

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なるちゃんは喘息でした☆また救搬されました。

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いつもお熱を出して保育園をお休みするなるちゃんでしたが、いつもと様子が違いました。

普段からよく高熱を出す子供のなるちゃん。

微熱程度の発熱なら元気に歩き回って機嫌よく遊んでいるのですが、その日は少し様子が違っていました。

デロデロと呼吸のたびに喉の奥から音がしていました。

リビングのお昼寝布団の上に丸くなってじーっとしていました。

お腹を見るとペコペコと呼吸のたびに凹凸していました。

呼吸が出来なく苦しいのではと直感で思い、すぐに病院へ行きました。

聴診器でドクターが胸の音を聞くと、即「点滴します。」とのこと。

「良くならないときは入院です。一番近くの総合病院に行く心構えをしてください。」と言われました。

点滴針を固定して酸素吸入も同時に始めましたが、ずーっとぐずって泣き続けていました。

一瞬、目つきが怪しくなってふーっと意識が遠のいたように感じた時、「先生、運びましょう。」と言うと、ドクターも「救急車呼んで。」とおっしゃってそのままドクターも診察を中止して、私と一緒に救急車で一緒に来てくださいました。

なんて素晴らしい先生だろうと感謝しかありません。

高い柵のある畳一枚より小さなベッドに二人で5泊6日。13000円の個室利用しました。

なるちゃんの容態はとても悪かったようです。

とにかく機嫌が悪くてずっと泣き叫んでいたので、大部屋で過ごすことは考えられませんでした。

お部屋は簡易ベッドになるソファー、サイドテーブル、テレビ、冷蔵庫、シャワーとトイレがありました。

まだまだ小さな赤ちゃんだから、ひと時も目を離すことが出来ません。

シャワーは寝ている時に、ささっと入っていました。

二時間ごとに何かしらの処置があるため、ゆっくり休めませんでした。

私しか付き添うことが出来ないため、外へ買い物も行くことができず、困っていたら友人が「何か出来ることある?」と声をかけてくれて本当に助かりました。

人に買い物を頼むにはものすごく恥ずかしいような品物でしたので彼女じゃなかったら我慢していたと思います。ありがとうね!

旦那様は毎日、夜遅くても顔を出してくれ、出来る限りのことはしてくれていました。

でも、やっぱり二人いる親のうち、私ばかりが辛い思いをしていることにモヤモヤしています。

何かあるたび、仕事を休んでしまい、同僚に迷惑をかけてしまいます。

職場は子育て中の人が多いため、子供の病気については理解があります。

保育園からのお迎え要請の電話にガックリしながらみなさんにお詫びして帰る時に

「行ってらっしゃい!頑張ってね~。」なんてありがたい言葉をかけてくれる人もいるくらいなのです。

旦那さんの会社は誰でも知ってるBLな職場。。。一生懸命働いてくれていることもわかってるけど、たまには私の気持ちを味わってほしいと思ったりします。

救急搬送されたとき、旦那さんの電話が繋がらないので会社に連絡を入れました。

「お忙しいのは重々承知なのですが、これから救搬するので命にかかわることなので病院に来てもらいたいのですが。。」とお願いしました。

それから、旦那さんが来たのは四時間後。

いつも一人でなるちゃんを見ていることにプレッシャーさえ感じています。

「なるのこと、頼むね。」旦那さんは私に言いますが、「代わって欲しい。」気持ちと「いつもかーちゃんばっかり大変な思いさせてごめんね。」くらい言ってもらいたいです。

一番辛かったのは。。。。

なるちゃんが泣き叫ぶのに拘束しなくてはいけなかったことです。

暴れてしまうと危険がある処置をするので、私は必死でなるちゃんを押さえていたのですが、レントゲンを撮る時は涙が出ました。

寝かせて小さなサドルのようなものを足の間に挟んで、体はネットで包んで固定してから、一気に垂直に起こされて、撮影が終わるまで別室でなるちゃんを見守るしかなかったのでした。

 

今は、かかりつけ小児科のお世話になり、しばらくは喘息予防のお薬を処方されています。

退院後、神経質になってしまってすでに3回も通院しています。

早く体か大きくなって病気の心配もなく元気いっぱい過ごせるようになりたいです。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。


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